庄兵衛道北側ルート探索(前編)
2024/01/24
下に続く。。。
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当ブログではこれまで、庄兵衛道の考察を三回行いました。
消えた石標を探せ!「宝山寺参りと庄兵衛道」 | ふぁんトントのブログ
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消えた石標を探せ!<続編>「庄兵衛道」 | ふぁんトントのブログ
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消えた石標を探せ!<完結編>「神田川渡河」 | ふぁんトントのブログ
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いずれも国道308号線より南側のルートで、石標(道標)の確認を中心に行いました。さて、南側ルートでお世話になった新ハイキング関西の山、特選コースガイド「庄兵衛道」(著者:柴田昭彦氏)では、北側ルートの道標について以下の資料が添えられていました。
庄兵衛道の道標銘文
①
大正六年四月八日建之
左鳴川山元山上道
○○○建 杉山利三郎
②(亡失)
右宝山寺
左元山上
大坂 京橋惣講中
③(亡失)
右宝山寺
左元山上
大坂 京橋惣講中
文献出典
「古道に残る信仰の文字 宝山寺への道」
(生駒民俗会 昭和62年)
※道標④以降は割愛します。
上記の文献では、庄兵衛道の道標は8本とされています。平成7年11月に柴田昭彦氏が調査をされた時点では、11本の存在(その内2本は亡失)が明らかになっています。
当ブログで昨年末から今年にかけて追跡調査したところでは、新たに2本を確認。平成7年当時存在した道標1本が亡失。新たに亡失を確認した道標の銘文は次のとおりです。
⑥(亡失)
中河内大○山上講中
右元山上
左宝山寺
文献は①~③と同じ。
北側のルートでは、「生駒の古道」を資料とします。
–
柴田先生が歩かれた平成7年頃では、半分以上が廃道でした。生駒民俗会の方々が、古道復活のためご尽力されたのが、平成15年とのことです。
柴田氏の手書きマップでは、
「左の一軒家の先の左への急坂を下る」
この記述の後、梅屋敷伯楽手前のジグザグルートを下って、車道へ降り鶴林寺まで迂回されています。
今回は、この復活した古道(元廃道区間)を歩いてきました。
ここからスタートです。
生駒の古道で紹介されています。
大聖院とはここのことです。
今でもまじめに滝行をされています。
ここまでをマップで見て行きましょう。
赤い☆印が、グリーンテラスへ下る石段です。
そのまま降りて行くと、下の道に出て車道へ接続します。
次の分岐です。マップで黄色の丸囲み地点です。
この先にも、分岐がいくつか出てくるので、番号を付しました。①→③→②の順で出現しますが、都合上、①→②→③の順で説明します。
この場所です。待避所のようになった場所です。
道はよくわかりません。ホントにここなのか?
(少し突っ込むと道らしきモノはありました。)
1/2500地図でGPSの位置を確認しました。
間違いなくここです。
ここも分かりにくいです。
草むらに少し突っ込むと道らしきモノが見えます。
よく見るとナナメに登っていくようです。
この分岐は気になっていました。
梅屋敷伯楽手前から、ジグザグに下る道です。
新ハイの柴田氏がここから迂回したルートで、手書きマップには父の痕跡が残っています。
ジグザグルートを赤鉛筆でなぞっています。
ここも分かりにくいですが、少し突っ込むと、幅広の道が確認できました。目印は電信柱です。
ここ何でしょう? 料亭ですか?
「生駒の古道」で紹介されている湧き水はどこ?
枯れてしまったのでしょうか?
今までは舗装路でした。ここからが本番です。
教弘寺までに、チェックポイントが3箇所です。
それぞれ、分岐ポイントA、B、Cとします。
左手のブルーシートが見えるほうが庄兵衛道です。
資材や廃材などをシートで覆っているようです。
改築中のようで、きれいな家が立っています。
振り返って右手に家ですが、道は公道です。
棟上げ後に状況が変わるかもしれません。
位置から見て、民家の排水ではなさそうです。
これが、年中枯れることのない湧き水でしょうか?
まっすぐは崖ですが、少し山手へ迂回すると、直ぐに道の続きがあります。ここからは、山道となります。
最初はヤブっぽいですが、直ぐに明瞭になってきます。
パイプが並走しています。
テープ発見。色褪せてますが。赤の布製テープです。
このテープは生駒民俗会が設置したものです。
古道らしくなってきました。
再びテープ発見。今度は赤い。
倒木です。荒れてきました。
パイプの並走もここで終了です。
植林の作業跡がありました。
深くえぐれた谷筋に出ました。山側に登っていく道もあります。
明らかに分岐です。この石組みは自然ではありません。
分岐を意味します。向井山でも見かけるヤツですね。
昔の石切場を横切るようです。
この区間は曖昧です。
もう少し西側に明瞭なルートがあったかもしれません。
いずれにしても次の合流まで僅かな区間です。
林道との合流手前にマーキングしました。
黄色の線を辿れば、先ほどの割石エリアに出ます。
東西に伸びる林道です。
西側(山側)を見ています。
東側です。下れば菜畑と小倉寺の境界で自動車道に出ます。
ここから先は自信がありません。かなり迷走しました。
不安な方は、ここから東へ下ってください。
これが正解かどうか分かりませんが、横断して南へ下ります。
確かに、最初は背丈ほどの笹ヤブですが、直ぐに抜けます。
生駒の古道でも急坂を下るとあるのですが、、、
いやいや、急坂過ぎるでしょ。ほとんど崖です。
崖を降りると分岐です。東側の分岐を見てます。
親指方向が教弘寺です。
西側(山側)にも分岐。どちらも草深いです。
2本の道が交差するような場所です。
最後に分岐Cから見た北側の降りてきたところ。
矢印のように降りてきたけど、こりゃ、ダメだ。
教弘寺へ下って行きます。幅は広いですが、
最近使われていないような感じですね。
教弘寺手前で分岐かもしれません。
タイヤはマークでしょうか。
この手前では、測量の多角点もありました。
こんな感じで北へ伸びています。
道っぽいのですが、どうでしょうか?
反対側に出口です。建物が見えました。
出てきたところを撮影しましたが、道があると知らないと突っ込めませんね。フツーの人なら躊躇します。
ちょっと、ここで休憩します。
その前に、上のマップでおさらいです。赤い矢印の地点に生駒民俗会のテープがありました。心強い味方です。
ポイントAでは、以前は犬に吠えられたという場所です。現在は改築中のため、どこかで疎開中かもしれません。
ポイントBは、少しややこしいかも知れませんが、石切場を突っ切れば東西の林道に出ます。
ポイントCは、正直ミスルートだと思っています。最後に見たタイヤ横のルートも方角的におかしい。地図に緑色でラインしています。
ポイントB、C間にある林道は明瞭な道なので、エスケープ・ポイントとして機能します。迷った場合は、この道に出て車道へ下りましょう。
次回後半は、教弘寺の石造美術の紹介から始まります。
続きます。
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